I Got Rhythm 〜あるいは至誠館吹奏楽部の喜歌劇〜
君がいなければ世界なんか回らない。 ・・・・なんてロマンチックな事は残念ながら、現実世界では起こらなくて。 「水嶋!お前今日、説教食らってただろー。」 放課後の吹奏学部の部室で狩野にからかわれた新は、ぶーっと頬を膨らませた。 「なんで知ってるんですか、狩野先輩。」 「へへんっ!何を隠そう、俺は千里眼なのだ!」 えっへん、と狩野が胸を張った所で、ちょうど入って来た八木沢が苦笑して言った。 「・・・・狩野も宿題忘れで職員室に呼び出されてたからだろう。」 「なーんだ。狩野先輩もなんだ。」 「あー!八木沢!バラすなよ!」 「自分を棚上げしているのはよくないよ?もちろん、呼び出しなんかされないのが一番いいんだけどね、狩野、水嶋?」 「「・・・・はーい」」 穏やかながら有無を言わさぬ迫力のある八木沢ににっこりとそう言われて、新と狩野は恭順を表すように二人揃って両手をあげた。 その横では一連のやりとりを見ていた伊織が控えめにクスクス笑っている。 伊織の向こうではトランペットを手入れしていた火積が呆れたようにため息をついていて。 自分がおかしい反面、ふっと寂しさがよぎった。 「?」 (あれ・・・・) いつもと同じ吹奏楽部のやりとり。 入学以来、すっかりなじんだこの空気は新が大好きなものだ。 くだらない事で怒られたり笑ったりする。 (それなのに?) 新が一瞬感じた違和感の正体を突き止める前に、八木沢が小さくため息をついていった。 「二人とも折角、菩提樹寮で宿題をやったのに、なんで持って行き忘れた分をやらなかったんだい。」 菩提樹寮、の響きに新の胸がドキッと跳ねた。 (あ、そっか。) 鼓動の跡を押さえるように胸に手を当てて納得した。 そんな新の様子に八木沢がふっと新を見た。 「どうしたんだい?水嶋。」 「え!?い、いや、なんでも!」 「そうかい?」 慌てて否定しようとする前に穏やかに八木沢の声が被って、新の声は勢いをなくした。 そして中途半端についた勢いを苦笑に変える。 いつだって、この穏やかで鋭い部長には見抜かれてしまうのだ。 「えーっと・・・・なんか、その、いつもと一緒だなーって思って。」 「いつも?」 「何言ってんだ、てめえは。」 唸るように火積にすごまれて新は肩をすくめた。 「ホントにそう思ったんですって。いつもと・・・・夏より前と一緒だって。」 「え?」 「・・・・なんか、夏が随分前の事みたいだなって思っただけで。」 口に出して、その言葉の持つ苦さに新は眉を寄せた。 夏 ―― 初めて、至誠館のアンサンブルメンバーとして全国大会の地方予選に参加して敗れて。 それだけで終わるはずだったのに、恋をした。 自分達を破った星奏学院のヴァイオリニストでありながら、どこかのんびりしていて可愛くて、そして誰よりも音楽に真っ直ぐだった小日向かなでに。 最初はただ可愛いな、と思って深くも考えず仲良くなって、本気で恋していることに気が付いてからは離れる事が急に怖くなって。 時間にすれば一ヶ月にも満たないほど短い間に、いろんな事で悩んで笑って喜んで目一杯、恋をしていたと思う。 そんな夏が、急に遠くになってしまった様な気がした。 (君がいなくちゃ、世界なんて動かないって思ってたのにね。) 横浜から仙台に帰ってきて、夏休みが終わって、学校が始まって、日常は当たり前に過ぎていく。 いっそ動かないでいてくれれば、こんな寂しい思いはしなかったのに、と小さくため息をついた。 ―― 刹那。 ごんっ! 「Aiiっ!?」 脳天を襲った衝撃に新は思わず沈み込んだ。 至誠館に入学して半年、すでにおなじみの感覚に新は頭を押さえた腕の隙間から襲撃者を恨みがましい目で見上げる。 「火積先輩〜〜、酷いですよ!俺、真剣に悲しんでるのにぃ!」 「何が真剣に悲しんでる、だ。」 「ええ!?そこは疑いようもなく真剣ですよ!織姫と引き離された彦星の気分なんですから〜。」 遠くに隔てられた古の恋人達と今なら苦もなくシンクロできる、と訴えた新に火積は・・・・更に青筋を一つ増やした。 「え?え?なんで怒るんですか?」 「てめえ・・・・」 ここはしんみりみんなが同意してくれるところじゃないの!?と周りを見回せば、何故か八木沢は苦笑、伊織は目を反らし、狩野にいたっては火積と大差ない顔をしていて。 「彦星は毎晩電話した上に、毎休み時間毎にメールして、それでも飽きたらず部活の休憩時間中やら昼休みやらに電話して節操もねえセリフを言ったりしねえっ!!」 「ええーーー!?」 抗議の声を上げる新横目に、至誠館アンサンブルメンバーはこっそり、しかし深く火積の意見に同意した。 「・・・・新くん、ほんとにマメだもんね・・・・」 「伊織〜、その言い方だとこいつが良い男みたいだぞ?違う!こいつの場合は重度の小日向さんバカだ。」 「ちょっ!狩野先輩!その言い方酷いっ!」 「事実だろ〜?あー、一瞬でも心配した俺がバカだった。」 「そうだね。」 「え!?部長までさらっと同意しちゃうんですか!?」 「・・・・俺ぁ、こいつのメール攻撃に付き合ってる小日向がすげえと思うぜ。」 「ははは。」 「み、みんな酷い〜〜〜〜。」 つつき回されてぺたっと耳を伏せた子犬のような雰囲気で泣き真似をする新に全員が顔を見合わせ・・・・それから同じ表情で笑った。 ―― 結局、なんだかんだ言いつつ皆新には甘いのだ。 「水嶋。」 「はい?」 顔を上げる新の頭をポンポンッと叩きながら八木沢は笑った。 「夏が想い出になったっていいじゃないか。君達はこれから未来を積み重ねていけるんだから。」 「部長っ!」 感極まったように新が声を上げた、その時。 〜♪〜〜〜♪ 軽快に鳴り響いた『アイ・ガット・リズム』の着信音に、新が携帯に飛びついた。 「す、すばやい。」 「・・・・あの着信音、小日向さん限定ですからね・・・・」 そんな狩野と伊織の会話も耳に入っていない新は、ぱかっと携帯を開いて、ディスプレイの「Eメールあり」の文字に相好を崩す。 ちょうど思い出していた所へかなでからのメールなんて嬉しくないはずもない。 操作手順ももどかしく、メールを開封すれば『秋になったね』なんて可愛らしい件名が踊っていて。 『今、夏に新くんとよく練習をした公園に来てます。そうしたら、少し葉っぱの色が違ってきてて秋なんだなって思ったの。夏はあんなに緑でキラキラしてたのにって。』 (うんうん!俺も今、そう思ってたとこだよ。) 夏とは違う、「今」をかなでも感じていたのだとろうか、と思うとなんだか心が弾む。 『そう思ったら、なんだか新くんに会いたくなっちゃった。 夏の新くんだけじゃなくて、秋の新くんにも会いたいなって。』 (え?ホントに!?) いつも控えめで会いたいと連呼するのは新の方なので、この言葉にドキドキと胸が高鳴る。 「・・・・なんつーか・・・・甘めぇ。」 「顔面土砂崩れ状態だよな〜。」 「こら!二人とも。出歯亀はやめなさい。」 「ぶ、部長!俺はそんなっ。」 脇でそんな会話をしているのもさっぱり耳に入っていないらしい新は、見ている方が恥ずかしくなるぐらい嬉しそうな顔でメールをスクロールしていって。 「!!」 はっと息を呑む音にその場にいた全員が思わず振り返った。 見れば、新がもの凄く真剣な顔で画面を凝視している。 「あ、新くん・・・・?」 「なんだ?何かあったのか?」 画面を見つめる余り、思わず前屈みになっている新に何か悪い知らせか、と伊織と狩野はそーっと様子を覗き込み、さすがの火積も少し心配そうな顔で見つめる。 「水嶋ー?おーい、だい」 「・・・・や・・・・」 「「「「や?」」」」 「やっっっっっっっったーーーーーーーーー!!!」 がたーんっと派手な音を立てて飛び上がった新にあおりをくって、伊織と狩野まで飛び上がる。 「な、な、」 「ど、どうしたんだい?水嶋。」 「どうしよう、どうしよう!すっっっごい嬉しい!超嬉しいっ!部長!聞いて下さいよ!!今週末、かなでちゃんがこっち来るって!!!」 「え?は?」 「ほら!ほら!」 新の勢いに押されて目を白黒させる八木沢に新は嬉しそうに携帯の画面を見せる。 区切られた文の最後に、なんとか目をやった八木沢が見たのは。 『―― だから、今週末、秋の新くんに仙台に行きます。 迷惑じゃないかな?待っててくれると嬉しいな。』 という、少し控えめなそれでも彼女らしい一文で。 「あー!もー!かなでちゃんってばなんでこんなに可愛いんだろ。部長、まだ始まるまでありますよね!?オレ電話してきますっ!」 「あ!ちょっ!水嶋!?」 そのメールの内容からするとまだ彼女は練習中なんじゃ−!・・・・という八木沢の叫びは残念ながら部室から飛び出して行ってしまった新の耳には届くことはなく。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・なん、つーか」 一瞬の沈黙の後、心底呆れたように狩野が呟いたセリフに、その場にいたメンバー全てが心から頷いたのだった。 「あいつ・・・・夏前どころか、夏よりパワーアップしてるよな?」 ―― 訂正。 君がいないのに世界が動いてるんじゃなかった。 いつも隣にいなくったって、君はこんなに鮮やかに世界を動かしてしまってるんだ!! 〜 Fin 〜 |